リプレイを読んで

さて、書こうとしたと宣言してから随分経ってしまって旬も何もなくなってしまいましたが、リプレイのお話です。
最初はFEAR一辺倒だったものの、最近は色々なシステムに触れたい熱が高まってきたので、ローズやゲヘナなどのリプレイも読んでいます。

と、ふと思い立って、今までに読んだリプレイを並べて見ることにしました。
ダブルクロス(きくたけ2冊、王子3冊他、別冊やサプリ掲載のもの)
・S=F(フォーチューンを除く文庫化されているもの)
・NW(文庫、サプリ掲載のもの)
アルシャード(文庫、現在GF誌で連載中のもの)
異能使い(文庫)
ニルヴァーナ(サプリ掲載のもの)
トーキョーN◎VA(カウンターグロウ)
ゲヘナ(1〜5)
・SW(ロマール・ノワール、ダンジョンパッションのみ)
・ローズトゥロード(ソングシーカー)

あとは雑誌掲載の単発ものとか、連載中の一部だけとかちまちまと読んでますが…
圧倒的にFEARが多いのはまあご愛嬌として…
まだ読んだ数が少ないのですけど、なんとなく、FEARとその他でリプレイの傾向も分かれてるのかな、というのを感じたので、そこに関してメモ書き程度に。
考えれば考えるほどに今更感の漂う内容なのはこの際置いておきます(ぉ)

私の好む漫画の一つに「ランドリオール」というものがあります。
その中で、命をかけた大勝負に打って出る直前、勝った後のことを思い悩む主人公にその師が助言をするシーンがあります。
「敗者のものを奪う、仕事であれば報酬を得る。しかし、純粋に勝者が得るのは枠です。
 人の欲は限りなく、されど人には枠がある。
 しないのは枠の内、出来ぬのは枠の外。己の内に従うことこそ肝要です」
うろ覚えなので細部は違うと思いますが、こんなセリフです。
どんな大きな望みを持とうと、人にはキャパシティと言うものがあるということなのですが…リプレイを読み比べてみると、気付くことがあります。
それは、リプレイの傾向から、そのシステム(を出している会社)が作る「キャラクターの枠」の違いが見える、ということです。

FEARに関しては散々言われている通り、PC達は類まれなる英雄で、歴史に残るような快挙を次々と成し遂げていきます。
日常とのギャップを楽しむと言うダブルクロスですら、最後には世界と戦ったり、世界を揺るがす秘密に触れたりしています。
それだけ、作られるキャラクターの枠が大きいのです。*1

それに比べて、SWやゲヘナ、ローズのリプレイをみると、PC達は有象無象の冒険者の中の一人で、日常の一端として冒険をしている、という感じです。*2
SWが特に顕著で、(実際に読んでいる数は少ないものの)、ちょっと遊びに行く程度のノリでダンジョンを行ったり来たりしているように見えました。

以前のSWリプレイや六門世界なんかに手を伸ばしていないのは、まあ、システムに対する印象からくる食わず嫌いなんですが*3、そういうスケールの大きさ、単発(一冊あたり)での盛り上がりの大きさではFEARのリプレイの方に軍配が上がり易いのかな、と思います。
ただ、世界に対しては酷くちっぽけな存在であるのに、世界を変えてしまうほどの大冒険をさせた「ソングシーカー」と、ゲヘナの二巻は、かなりの名作だと個人的には思います。

*1:メインのリプレイライターである菊地たけし先生が、そういった大味なシナリオが好きだからそういうイメージが固定されているという可能性も大いにありますが

*2:ゲヘナでPCは、厳密には英雄並に稀少な存在ですが、管理組織の下で仕事を請け負うと言う俗っぽさがそれを否定しているように見えます

*3:基本ルールブックは両方をも持っています